2019年11月 ベルリンフィル&メータ ブルックナー8番

クラシック音楽

2019年11月に来日したベルリンフィルハーモニー管弦楽団 / ズービン・メータ指揮の、ブルックナー交響曲第8番の演奏会@サントリーホールに参加した時の記録を書きます。

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ベルリンフィル

まずは簡単に奏者と指揮者、そして曲目について。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団楽団 (通称ベルリンフィル・BPO)は、クラシックファン以外でも名前を聞いたことのある、スーパーメジャー。ウィーンフィルと共に世界のトップに君臨する、超一流のオーケストラです。サッカーで言えばバイエルンミュンヘンとか、マンCとか、レアルくらいのクラスです。

各式と伝統を重んじるウィーンフィルとは空気感が全く異なり、現代的でグローバルです。このウィーンフィルとの違いにはいくつか背景があり、まずは1880年代設立とウィーンフィルより半世紀ほど歴史が浅いこと。また華やかな文化を持ち地理的にカトリック圏のハプスブルク帝国の首都にあったウィーンフィルと、質実剛健でプロテスタント圏のプロイセンの影響の強いベルリンのベルリンフィル、という違いによるところが大きいと考えられます。

これまでの常任指揮者もビッグネームが多く、20世紀以降でいうと、ニキシュ->フルトヴェングラー->カラヤン->アバド->ラトル->ペトレンコと続いています。

またオーケストラのリーダーである1stバイオリン主席のコンサートマスター、その中でも上位の”第一コンサートマスター”に日本人がいることが、日本人にとっては誇らしいですね。(安永徹(1983-2009)・樫本大進(2009-))

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ズービン・メータ

インド出身の指揮者。1936年生まれで、現在ご存命の数少ない”大巨匠”の1人です。世界中の超一流オーケストラと共演がありますが、特にウィーンフィルやイスラエルフィルとの関係が深いことで知られます。日本にも頻繁に来日しています。

ブルックナー交響曲第8番

オーストリアの作曲家アントン・ブルックナーの9つの交響曲の、第8番目。交響曲はブルックナーの代名詞の一つであり、その規模の大きさと独自の世界観で、多くのファンを獲得している。そして8番は、ブルックナーの交響曲の中でも特に人気の高い楽曲。

交響曲8番は、曲の長さが80分超と長いだけでなく、通常4人のホルン走者が8人いて、そのうちの4人は特殊楽器のワグナー・チューバと持ち替えが必要など、アマチュアのオーケストラであれば演奏するのも大変な曲目。

演奏会について

人生初、ベルリンフィル

著者はこの演奏会まで、ベルリンフィル・ウィーンフィルといった世界の最高峰の演奏を生で聞いたことがありませんでした。チケットを取ったのは夏頃でしたが、予約直後からずっとコンサートを心待ちにしていました。

コンサート当日も、始まるまで妙な緊張感の中で過ごしましたし、実際に演奏が始まってからは、全神経を音楽に集中して、没頭して過ごしていました。

演奏は、たくさんの感動があり、発見がありました。その中でも特に印象的だったことを紹介します。

霧の中から立ち現れるブルックナー

ベルリンフィルの演奏は、その巨大な交響曲の一音目から、聴衆を音楽に引き摺り込む力を持っていました。ブルックナーの交響曲で頻繁にみられる、弦楽器のトレモロでの弱音、そこに重なるホルン。それは霧がかったオーストリアの深い森のようでもあり、世界の始まりのようでもありました。そしてその中から立ち現れてくるのは、ベートーヴェンの9番を連想させる第1主題。あとはもう、曲の終わりまで、ブルックナーの世界を抜け出せませんでした。

自律的な”個”の集合体

ベルリンフィルで非常に印象的だったのは、その演奏が、卓越した技術を持つ個々の奏者がそれぞれに表現する、その集合体として成り立っていたことです。ベルリンフィルは、フルートのパユ、オーボエのマイヤー、クラリネットのオッテンザマー、ホルンのドール(とサラ)など、超有名プレイヤーを多く抱えていて、スーパースター軍団の様相を呈していました。コンサートマスターの樫本大進の表現も非常に豊かで、他の弦楽器奏者も、one wayにコンマスの指示に従うのではなく、主体的に表現していることがとても印象的でした。

そして驚くべきは、そういった自律的な個の集合体としてのベルリンフィルの音楽は、しかし統一性を失うことはなく、個の表現が全体のバランスを崩差ない範囲内で行われていることでした。

全てが自然に感じられる演奏

メータとベルリンフィルの演奏で感激したのは、すべての音楽が自然に流れていくこと。全ての細かい音楽が十分に表現されている一方で、全体のバランスは常に保たれていて、不自然な響きやフレーズが全くない。かといって流れすぎてしまう印象もなく、聞き手がブルックナーの世界に容易に耽ることのできる演奏だった。

特に若手に多いのですが、こだわりを強く押し出すタイプの指揮者は、そのこだわりの部分に注力しすぎて、全体のバランスを崩してしまうことが多いのです。(例えベルリンフィルのような超一流のオーケストラの演奏であっても)

特にブルックナーは、ブルックナー休止やブルックナーリズムのように特徴がはっきりしていて、そちらにフォーカスしてしまいがちです。

その点、メータの音楽の流麗さは、巨匠の懐の深さと思慮深さを感じる、感動の演奏でした。

トレモロの表現力

少し細かな点にはなりますが、もうひとつ、非常に印象深かったのが、弦楽器のトレモロです。トレモロは小刻みに同じ音を引く技法です。ブルックナーは弦楽器にしばしばトレモロを使うのですが、これが弦楽器奏者からとても不評で、アマチュア・オーケストラではブルックナーが選曲で選ばれない主な理由の一つになります。

ベルリンフィルは、トレモロの表現が非常に多彩でした。同じトレモロでも、強弱の幅が大きく、フレージングが豊かで、全てのトレモロが異なる世界観を有していました。

前述の背景から、世界共通で弦楽器奏者にとってトレモロは面白くないのだと思い込んでいたので、目から鱗が落ちる思いでした。

終わりに

人生で初めてのベルリンフィルハーモニー管弦楽団の演奏。たくさんの感動と発見があると同時に、世界のトップクラスというのがどのあたりに位置しているのかが何となく見えたことで、クラシック音楽における視点が増え、視野が広がり、視座が高くなりました。今後また、機会があれば別のプログラム・指揮者でも聴きたいと強く思いました。

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